ドレスとジュエリーだけでも観る価値がある「オーシャンズ8」
あり得ないほどの豪華キャスト、計算されつくした完璧な犯罪プロット、全編に流れる洒脱なコミカルさ、予想を裏切るだいどんでん返しのラストで、オーシャンズシリーズは多くの観客を魅了してきました。盗みの凄腕たちが大きなターゲットにチームで挑む、というわかりやすい筋立てのため、大人のみならず子供にも人気があります。
日本では2018年8月に公開された「オーシャンズ8」は、男性中心だった従来のシリーズから一転して、メインキャラがオール女性キャスト、しかもサンドラ・ブロック、ケイト・ブランシェット、アン・ハサウェイ、人気シンガー「リアーナ」など豪華すぎるキャスティングが大きな話題となりました。
さらに、世界最大級のファッションの祭典「メットガラ」が舞台とあって、画面いっぱいにあふれる華やかさもオーシャンズ8の魅力。
女優たちのまばゆいドレスは、バレンティノ、ドルチェ&ガッバーナ、ジバンシィ、ザック・ポーゼンほか名だたるグランドメゾンが担当し、さらに衣装全体のディレクションは「プラダを着た悪魔」のモデル、アナ・ウィンターも加わっています。
登場するジュエリー製作はカルティエが担当
加えて、盗みのターゲットとなる豪華ジュエリーのレプリカは、なんとすべてあのカルティエが担当しています。
ハリウッドからのこのスペシャルオーダーのために、カルティエはパリにあるハイジュエリー担当の職人たちを総動員し、8週間で作り上げました。
そして今作のメインターゲットである豪華ダイヤの首飾り「トゥーサン」は、実際にカルティエが1931年インドのマハラジャのために制作した巨大ダイヤのついたネックレスなのです。
実際にはもう存在しないこのビッグジュエリーには、知られざる数奇な物語が隠されていました。
その主人公こそカルティエのブランドアイコン「豹」に例えられ、カルティエのジュエリーデザインに新風を吹き込み、カルティエの御曹司ルイと恋に落ちた「ジャンヌ・トゥーサン」です。
また、彼女は1910年から1970年の長きにわたってカルティエとかかわってきた稀代のデザイナーでもありました。
大ジュエラー、カルティエの伝説のジュエリーに、その名がつけられるほどカルティエにとって大きな存在だった「ジャンヌ・トゥーサン」とは、いったいどんな女性だったのでしょうか。
ベル・エポックの花だった「ジャンヌ・トゥーサン」
「ベル・エポック」と呼ばれるジャンヌの生きた19世紀末から20世紀初めのパリには、「ココット」と呼ばれる特別な存在の女性たちがいました。
当時の上流社会の男性たちを虜にし、画家や小説家たちの創作意欲をかきたててきた高級娼婦たちです。
ジャンヌもまたベル・エポックを華やかに彩った「ココット」として人生を出発することになります。
1887年生まれのジャンヌは、ベルギー・シャルルロワの裕福なレース商人の娘として、幸福な少女時代を過ごしました。しかし父の死後の母の再婚によってその生活は一変します。
虐待を繰り返すドイツ人の義理の父親から姉妹で逃げ出し、ブリュッセルやパリの街で、まだ10代のうちに複数の男性の愛人となり、かわいらしいココットとして人気でした。
そして毎日届けられる贅沢な贈り物で埋まるような豪奢な暮らしの中で、次第に宝石やドレスへの厳しい審美眼が養われていきました。もちろん精巧な細工で知られるベルギーレースを幼少のころから目にしていたことも影響していたのでしょう。
巷にあふれるココットの一人にすぎなかったジャンヌが、その後不世出のジュエリーデザイナーとして、また御曹司との悲恋物語の主人公として、カルティエの歴史にその名を残す存在となる大きなきっかけを作ったのは、ココットとしての生活がもたらした彼女の類まれなるセンスが大きく影響していたのです。
ココットとはどんな存在だった?
フランスで「ココット」といえば、私たち日本人が考える「高級娼婦」とは、まったく違う意味を持ちます。
確かに美貌を武器に男性たちの庇護のもとで生活する女性たちではありますが、ココットは単なる娼婦とは一線を画す存在とみなされています。
まず、ココットと認められるためには、すぐれた美貌の持ち主であることは当然のこと、相手を退屈させない巧みな話術、教養ある男性とも対等に渡り合える文学、音楽、アートの知識が求められました。
もちろん社交界のファッションリーダーとしてドレスやジュエリーについても際立つセンスの持ち主であることも重要でした。そのような条件を備えた女性だけが貴族たちの恋愛対象となりうるココットとして認められました。
ココットがただの娼婦でないことのあかしとして、一度でも娼婦となった女性にはココットになることは決して許されませんでした。
そして貧しい女性たちにとっては、富を得る唯一の手段でもあり、両親自ら美しい娘をココットにさせることも珍しくなく、女優やバレリーナ出身のココットも多くいました。
フランス伝説の女優「サラ・ベルナール」もココットとなり、大きな飛躍を遂げることができた女性の一人です。
ジャンヌとルイ・カルティエの悲しき恋の結末
ジャンヌとルイ・カルティエ、二人のはじめての出会いは、ルイが初めての結婚に敗れた直後のこと、二人はほどなくして恋に落ちます。
そのころジャンヌは、刺繍や真珠、などで飾ったバッグ作りで評判となっており、ルイは彼女にカルティエのバッグや小物部門の責任者を任せました。
インドのマハラジャたちへジュエリーを売る旅にも一緒に同行し、大いにジャンヌはカルティエのジュエリー製作に貢献しました。
このようにビジネス、プライベートでこの上ないパートナーだった二人でしたが、ジャンヌとの結婚を家族に相談したルイは猛反対にあいます。
結局二人は別離を余儀なくされることになり、ルイはハンガリー貴族出身の女性と再婚することになります。
美貌とエスプリ、そして財力を兼ね備えている女性にはレディとして接する寛大なフランス人も、こと結婚となれば旧式の階級社会による深い断絶があるのでした。
しかし、二人は夫婦としては結ばれなくとも、ジュエリーにかける情熱を共有する強いきずなを持ち続け、1933年、ルイはカルティエのファインジュエリーの責任者にジャンヌを指名しました。
そして、当時の常識をものともせずロイヤルファミリーと結婚した女性たち、ウォーレン・シンプソン、ウィンザー公爵夫人やグレース・ケリーがジャンヌのジュエリーに夢中になったことは象徴的です。
ことにシンプソン夫人が愛したカルティエのブランドアイコン「パンテール 豹」をあしらったジュエリーは、ジャンヌによって手掛けられたコレクションです。彼女もまた「豹」というニックネームで呼ばれていました。
広告ポスターに登場した黒い豹のイメージがジャンヌと重なることから、恋人ルイが名付けたニックネームでした。
「トゥーサン」を飾った巨大ダイヤ「オランダの女王」は今どこに?
先にご説明した通りネックレス「トゥーサン」は、マハラジャ没落後によってバラバラに解体され売却されたため、すでに存在していません。
では、ネックレスを「トゥーサン」のセンターを飾った、あの136.25カラットの巨大ダイヤ「オランダの女王」はどこにいってしまったのでしょうか。
結論から言えば、現在「オランダの女王」は、世界的な宝飾会社「Mouawad」社が所有しています。長年にわたり世界最高のダイヤモンドコレクションを所有していることで名を馳せてきた世界有数のダイヤモンドコレクターです。
カルティエは1960年にトゥーサンのオーナーだったマハラジャの家族からダイヤモンドを購入しました。長く金庫に眠っていたオランダの女王は、ニューヨークの宝石商「ウィリアム・ゴールドバーグ」に700万ドルで売却され、その後「Mouawad」社が購入しました。
恐らくもう二度と人々の前にあらわれることはないダイヤモンド、「オランダの女王」は、現在Mouawad社のサイトでその姿を見ることができます。
▼Mouawad社 オフィシャルサイト▼
https://www.mouawad.com/en/diamonds/diamond-gallery
ターゲットに隠された真実を知ればもっとオーシャンズ8は楽しめる!
あまりにも豪華すぎるキャスティングや目もくらむグランドメゾンのドレスやカルティエの豪華ジュエリーに目を奪われる「オーシャンズ8」。そして実際に映画を鑑賞すれば、目の離せないスリルあふれる展開に夢中になる時間を過ごせることでしょう。
一方、ターゲットとなったダイヤモンドにも、様々なドラマチックなストーリーが隠されていることも知っていただけたことと思います。
日本公開時期と時を同じくして、カルティエ 銀座ブティックでは8/2(木)~8/19(日)のあいだカルティエが製作したトゥーサンを含む壮麗なレプリカを特別展示がありました。
ダイヤの輝きに隠された、悲しい恋人たちの別離、たくましく時代を生き抜いた女性の姿を知ることで、オーシャンズ8を見た満足感がさらに増すことでしょう。
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