EU設立の本音と建前
リーマンショックから南欧債務危機、難民危機を経て現在のEUがあります。
実は、EUの基本的な理念を踏まえると、もはや存在意義がないという実態が浮き彫りになってくるのです。
今回は、その解説をしてまいります。
EUは、第二次世界大戦によって国土が焼尽化したことから、二度と戦争を起こさないために結成された共同体である、と義務教育で学習していると思います。
ところが、実際は、第二次大戦後のヨーロッパの復興において、当時のアメリカの国務長官ジョージ・マーシャルによって提唱されたマーシャルプランがヨーロッパ共同体(EEC)の起源です。
焼尽したドイツの復興なしにはヨーロッパの復興もあり得なかったことから、敵国だったフランスとライン川沿いで鉄鋼生産を共同事業で行うことがその第一歩となりました。
「戦争によって再びヨーロッパが焦土化しないようにヨーロッパ共同体を創設した」という素晴らしい理念はあとから引っ付けたもので、本来の目的は経済再生にあったのです。
第二次大戦後、イギリスの没落が顕著で、ポンドが基軸通貨の地位をアメリカのドルに奪われたという、端的に見れば共同体設立の理念は、本来とは懸け離れたものであることがおわかりになると思います。
EUの本音は、ヨーロッパ全体でアメリカに対抗したいという経済組織体です。
EUの3つの理念
現在、EUはリーマンショックや南欧債務危機によって財政統合の必要性が問われ、その第一歩としてヨーロッパ憲法の発布などが検討されていますが、フランスではそれを国民投票によって否決するというどうしようもないことが起こっています。
ヨーロッパの統合など夢のまた夢で、経済不振によってその統合さえも危ぶまれているのが実態です。
ここではEUの理念をもとに、なぜその将来が暗いのかを論じてまいります。
その理念とは、
① ヨーロッパで二度と戦争を起こさない(裏を返せば、戦争によって失った利益を取り戻し、アメリカを凌駕する経済共同体を作りたいという思惑が大事)
② 域内の関税の撤廃によって、貿易の自由を促進する
③ 同時に人の移動の自由も保証する
上記の3つと言っても過言ではないでしょう。
この理念達成のために昨今、貿易問題や地域間格差などが遡上に上がっています。
このうち①に関しては、前項でご説明したように「戦争しない」というのは建前であって、アメリカを凌駕する経済組織体を結成したいというのが本音です。
実際にEU加盟27ヵ国の経済規模は、アメリカのGDP規模と同等であり、結果として、アメリカをしのぐ経済規模になったこともあります。
現在、経済規模の計算はユーロ安によってかなり落ち込んでいますが、再びユーロ高になれば、ドル建てでの経済規模はアメリカに比肩するでしょう。
EU加盟における親和性の問題
EUの加盟国は増していっていますが、これは、アメリカと経済規模が同等、ないしはそれ以上になるように計算して加盟国を増やしている側面があるのです。
しかし、トルコは建前上EU加盟を目指していることになっていますが、なぜか後に申請したキプロスなどの後塵を拝しています。
建前上はトルコが人権問題などで加盟基準を満たしていないことが理由となっていますが、本当の理由は、トルコ人とヨーロッパ人の親和性がないことにあります。
トルコ人の主な出稼ぎ先であるドイツでは、サッカードイツ代表選手にトルコ系選手が選ばれるとひどい排斥運動が起こるのと一緒のことで、基本的にトルコ人とヨーロッパ人に親和性がありません。
後に取り上げますが、2015年近辺から始まったシリア内戦により大量の難民がヨーロッパに流れ込みました。
域内の国民の多くが反発したのは、基本的に中東人とヨーロッパ人には親和性がないからです。
東欧からも多くの移民がEUに流れて混んでいるのに、反発が起こらないのと対照的な現象です。
親和性と人間の潜在意識
違う民族、違う人種という意識は、人間の潜在意識に内在するものであり、それを統合して仲良くやっていこうという理念がそもそも欠陥なのです。
同じヨーロッパ人にしても起源はさまざまで、それらを同一のルールでくくろうという発想には無理があります。
実際、アメリカでは法律的人種差別は解消していますが、いまだに黒人、ムスリムに対する差別は残っています。
法律的なものを解消しても、親和性は人間の潜在下での感情的な問題だからです。
白人と黒人、ムスリム、アジア人ではそもそも発想が違い、親和性がないので折り合えない側面が存在します。
それが人種差別や抗争として発展しているのです。
二律背反する統合と地域差異の問題
理念は立派でも、それを示現する社会的土壌が整備されていない、つまり母屋は立派でも、親和性に対する答えが見つからず迷走しているのがEUの実態です。
ヨーロッパが統合されたとしても、日本でどの地方に行ってもどこかで見たような都市が乱立するのと同じように、アイデンティティが消され、どこに行っても同じような人間ばかりということは現実として存在しません。
その地域、地域で特性のある人間が存在するものであり、その統合と差異をどう定義するかの問題が解決していないということです。
かつて社会主義のソビエトが全体主義で有名でしたが、経済停滞の結果、崩壊しました。
この問題の答え、定義がなされてもいないのに目指しても、結果は同じになるだろうというのが弊社としての見解になります。
関税の撤廃問題
関税問題は、最近の問題であるということは皆さんは理解しているでしょう。
言わずと知れた、アメリカのトランプ大統領が仕掛けた貿易戦争でもあります。
中国との貿易戦争ばかりが注目されていますが、鉄鋼、アルミなどの関税は、全世界がアメリカに対しての報復関税を割り当てられています。
ヨーロッパも報復対象で、最初に述べたようにヨーロッパで最も鉄鋼業が栄えているのはライン川周縁のドイツになります。
この辺は、昨今のドイツ製造業の不振と直結していきます。
従前までは国境を超えると関税を課してしましたが、EUの結成理念では、その関税を一切なしにするということです。
もちろん、自由貿易を拡大させれば、経済が発展するのは当然です。
行きづまりを見せる域内自由交易制度
1999年にユーロという通貨が流通し始めてからの経済の拡大は目を見張るものがあり、実際にアメリカをも凌駕するような経済規模になりました。
しかし、それもリーマンショックまでであり、それ以降はイギリスを筆頭に経済が停滞してきています。
域内最大の経済大国であるドイツやフランスも例外でなく、リーマンショックまで順調に拡大していた経済が停滞しているのが実態です。
反対にEU圏内であっても東欧などは今まで成長が遅れてきた分、好調ですが、主要国の停滞が目立ちます。
これがフランス、ドイツの周縁であるスペイン、ポルトガル、イタリアなどで政治的、経済的混乱が続く理由です。
すでに疲弊してきている域内での自由交易制度に対し、有効な政策が用いられていないのです。
現在、リーマンショックや南欧債務危機以降、ギリシャが金融政策によって景気を立て直すことができなかった反省から、逆に財政統合へと突き進んでいます。
しかし、先に述べたようにフランスでEU憲法発布の国民投票が否決されるなど、前途は多難です。
自由貿易は本当に有効なのか?
一方で、本当に自由貿易は有効なのかという疑問もわきます。
トランプ大統領が保護貿易を打ち出した結果、アメリカの貿易量が減ったという明らかに間違った報道がなされています。
むしろ、この保護貿易主義はアメリカの貿易量を増大させているのです。
世間では貿易が減っていると認識されていますが、アメリカに限らず、中国までもが貿易量を増やしています。
今まで信じられてきた、WTOをはじめとする自由貿易体制が世界を発展させるというエビデンスが崩壊寸前なのにもかかわらず、EUはいまだに自由貿易を死守しようとしているのです。
弊社の個人的な回答は、グローバリゼーションで世界のルールがだんだんと統一されて自由貿易が推進した結果、世界の成長が起こりましたが、逆に今は自由貿易を促進しすぎたことによって停滞しているのです。
前の項でも説明しましたが、統一されればされるほどアイデンティティの違いが出てきて、逆に統一が浸食されているという問題なのです。
グローバリズムとポピュリズム
人間は人一人は違うのに、それを強制的に統一しようとする動きに水を差すムーブメント、それがポピュリズムです。
ただし、このポピュリズムというのもおかしな論理であり、性的マイノリティを差別してはいけないと言う一方、移民の差別はOKだという、東欧などに広がる極左の主張は支離滅裂としか言いようがありません。
本来、差別はよくないと言うのならわかりますが、性的マイノリティへはNGで移民へはOKなんて発想は、どう見ても整合性がありません。
もちろん、民族の親和性という点においては、性的マイノリティは同一人種、一方の移民は違う民族だから差別OKというように考えると理解はできますが、果たしてそれが正解なのかという疑問は残ります。
このように見ていくと、域内の自由貿易を保証したEUは、果たして正解なのか、むしろ、自由貿易の効果は長く持っても10年程度で、アメリカのように保護貿易に走っても成長を続けるという事実を見れば、自由貿易は魔法の杖ではなかったという事実が露わになっています。
にもかかわらず、EUはそれを堅持するという矛盾を抱えているのです。
人の往来の自由を保証する
圏内の自由な行き来の保証がEUの理念の中にあります。
これは、人との交流を活発化することによって、経済活動などを活発にする目的があり、具体的には、域内の移動がビザなし、ひいてはパスポートなしで自由にできます。
見知らぬ土地に旅行に行けば、お金を使う量が変わってくるのは、皆さんにも認識できることであり、結果として経済の発展を導いてくれるでしょう。
ところが、ここにも問題が発生するのです。
それは、シリア内戦などに端を発した大量の移民の発生です。
大量の難民問題とドイツ
古くはパレスチナ難民に始まり、最近ではシリア内戦から逃れてきた難民がヨーロッパに大量に流入していることが問題になっています。
これに対し、ドイツのメルケル首相は難民をすべて受け入れると表明しましたが、国民は反発し、地方選挙で敗退に追い込まれました。
メルケル首相は東ドイツ出身の敬虔なクリスチャンであり、自身の境遇と照らし合わせると難民の受け入れは当然のことだったと思います。
加えて、ドイツは日本や韓国と同様に今後、相当な少子高齢化社会を迎えることから、対策として若い難民の受け入れは国益にかなうことでした。
問題は、その難民たちがドイツ国籍を獲得すれば、域内での行動の自由が保証された点です。
難民といってもさまざまな人がおり、もちろん、大半は真面目に働いて故郷に帰りたいという人がほとんどでしょうが、中には国家の転覆を狙うテロリストもいるわけです。
パリ無差別テロがもたらした衝撃
難民が抱える問題が表出したのが、パリなど、2015〜16年ころに多く勃発した欧州出身によるテロです。
このようなテロリストにも行動の自由を保証するのか、ということが問題となりました。
実際、パリでテロを起こしたテロリストは主にベルギー出身であり、EU圏内出身者がテロを起こしたことは、各国政府にとって衝撃的な事実でした。
ベルギーの首都ブリュッセルは、世界のどこにでもある大都市ですが、ニューヨークにも貧民街があるように、貧民街の生活は決して楽ではありません。
その貧民街に住む人たちが当時、隆盛を誇っていたISの戦闘員などに洗脳され、テロに走るのもやむをえないことです。
問題は、そのベルギー出身のテロリストが域内を自由に行動し、パリに潜入した点にあります。
国境を何度も危険人物が通過しているのに、各国政府の監視がザルであったことの証左でした。
揺らぐ域内自由往来
実は、各国に危険人物情報はあっても、安全保障の問題もあり、たとえEU圏内の国であっても共有されないシステムになっています。
よってEUの理念の一つである行動の自由を保証すると、行いのよくない人物も自由に往来ができるという副作用も露出することになったのです。
想定された副作用とは言え、心的な影響力は甚大で、各国政府に衝撃をもたらしました。
当時のEU委員会の委員長であるユンケルが入管のシステムの統一を表明しましたが、ことは国家の安全保障問題がからんでくるので簡単ではありません。
今でも行状のよくない人の行動の自由さえも保証されています。
EUの3つの基本理念はもはや砂上の楼閣
結局、EUの3つの理念は現在、砂上の楼閣だと判断できます。
人間は、自分が作り出したものをなかなか自ら崩壊させることができません。
あなたが過去に打ち立てた栄誉を捨てよと言われても、なかなか捨てられないのと一緒です。
ユーロという巨大な構想を生み出しましたが、これが完全に崩壊すると、EUは崩壊するでしょう。
しかし、人間はなかなか自分の失敗を認めないものですから、崩壊にはまだ時間がかかるというのが弊社の見立てです。
再生か崩壊かEUの未来に向けて
具体的な崩壊に向けての動きは露見してはいませんが、経済的な優位もぐらつき、自由貿易の優越性も各種エビデンスから揺らぎ、そして行動の自由も安全保障の観点から看過できなくなり、この状態であれば、いつ行動の自由が撤廃されてもおかしくはないような状況にあると思います。
これでEUの未来は有望だとは、なかなか言うことができません。
むしろ3つの理念の重大な欠陥により、どの一つを取っても達成できない状況にあるのが弊社の見立てです。
果たして、EUは再生するのか、それとも崩壊するのか、現時点では何とも言えませんが、この困難を克服しない限り再生はあり得ないと考えています。
崩壊を防ぐためには、アイデンティティと全体の統一ルールとの整合性の着地点を探さなければ解決は図れない、というのが弊社の考えです。
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